京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター

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伝音アーカイブズ

雅楽 時空をこえた出会い ─遠州森町の十二段舞楽 × 古代中世雅楽譜の解読─

このページは、伝音センター第38回公開講座「雅楽 時空をこえた出会い─遠州の小京都 森町の舞楽 × 古代中世雅楽譜の解読─」(2014年9月14日、京都市西文化会館ウエスティホール)の内容の一部を動画つきでまとめたものです。

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一千年以上もの伝承を誇る日本の雅楽(舞楽)でありますが、その極めて緩やかなテンポの音楽に魅了される方は多いことでしょう。ところが地方に目と耳を向けると、音楽をとってみても舞をとってみても、一見一聴、雅楽(舞楽)とは言いがたいような雅楽(舞楽)が伝承されています。今回とりあげる地方の舞楽は静岡県周智郡森町の十二段舞楽です。遠州一宮の小國(おくに)神社とその摂社の天宮(あめのみや)神社それぞれに伝わっています。その笛のメロディーは実に素朴!とても雅楽とは思えません。この事象を我々はどのように理解したらよいのでしょう。


例大祭の境内(左:小國神社、右:天宮神社)2014年

私たちは、中央の伝承がいつも不変で正しくて、対する地方の伝承は亜流で、いい加減で、どんどん型がくずれていく、そんな風に考えがちです。しかし、中央が伝承する雅楽の様式は、中世以前の書物の内容と著しい相違があります。「中央の雅楽は平安前期、10世紀頃からスタイルを変えずこんにちに至っています」…その言説は限りなく疑わしい、と言わざるをえません。
そう、ひょっとすると地方の舞楽は、極端までに洗練されているこんにちの雅楽(舞楽)ではない、ムカシの雅楽のメロディーの片鱗なのかもしれません。今回は、実演によってそれを検証してみよう、という企画です。

まずは、こんにちの中央の雅楽がどのような音楽なのか、すこし聴いてみましょう。お聴きいただくのは、〈迦陵頻急(かりょうびん の きゅう〉です。後半部分のみお聴きください。


この曲は、極楽にすむ半人半鳥、迦陵頻伽をテーマとする仏教的色彩の濃い曲で、たんに〈鳥〉という曲名で表記されることもあります。序・破・急の楽章が揃った曲ですが、現行ではもっぱら急のみ演奏されます。鳥の羽をつけた童が舞う舞楽として度々演じられる演目です。

一方、森町の十二段舞楽には〈鳥の舞〉という童舞が伝承されています。この演目の急の舞に用いる笛旋律をすこし聴いてみましょう。この曲は、菩薩の舞である〈色香(しきこう)〉の急の舞でも用いられます(ただし、〈鳥の舞〉に用いるときには旋律の一部を省略します)。では、この曲の部分を聴いてみてください。


笛:白幡富幸さん(遠江一宮小國神社古式舞楽保存会)

このように、おなじ「鳥」の曲でも中央の曲と森町の曲ではまったく趣が異なります。別の曲といってよいほどです。ところが実は「同じ曲」なのです。「同じ曲だった」といったほうが適切かもしれません。

伝音アーカイブズ「平安・鎌倉時代の雅楽はこんな曲!?」シリーズですでに、何度も言及していますように、音楽学者ピッケン(Laurence Picken,1909〜2007)が、1950年代後半頃に、「大陸より舶来した当時の雅楽は、大陸的・歌謡的なメロディーであり、その後徐々に何倍も、曲によっては十数倍も“まのび”した」との学説を提唱しました。その説のポイントは、「こんにちでは伴奏的な役割をなす箏や琵琶や笙の音進行が旋律の体をなしているということで、それこそが、中古中世の雅楽の旋律だということです。それは「隠された基本旋律」と呼ばれています。現在の雅楽を聴いていても、我々の脳はその基本旋律を認識することができません。

伝音センターでは、その説をベースにして、平安・鎌倉時代の楽譜史料からの再現演奏を試みてきました。すでに上記シリーズをご覧いただいた方は、現行雅楽との曲調の違いに驚かれたことと思います。ところで、中世頃までの雅楽がそこまで現行とは趣の異なる旋律であったのなら、こんにちの日本のどこかに、そのような雅楽が伝承されていてもよさそうなものです。

その一例が遠州森町の十二段舞楽の笛旋律なのです。試みとして、さきほどお聴きいただいた小國神社の〈色香の急(鳥の舞の急)〉の笛旋律(一部分)に、平安末期・藤原師長が撰した箏譜『仁智要録』と琵琶譜『三五要録』の〈迦陵頻(鳥)急〉の後半部分を合わせて弾いてみます。〈色香の急(鳥の舞の急)〉の笛旋律と、『仁智』『三五』、両者の音進行はほぼ同一であることがわかります。


このように素朴な笛旋律の正体は、中央における雅楽の遠い過去のスタイルが、取り残されたかたちで(リズム的に崩れたり、フレーズが抜け落ちたりしながらも)伝わったものとみることができます。

それでは、平安末期・鎌倉期の楽譜の解釈にもとづく〈迦陵頻(鳥)急〉を通して二回演奏してみましたのでお聴きください。さきほどの『仁智』『三五』に加えて笛譜『註大家龍笛要録』、笙譜『古譜呂巻』の合奏です。


迦陵頻伽や、菩薩たちが舞い遊ぶ浄土の世界を彷彿とさせるような優美で楽しい曲です。さて、この音楽に同定される小國・天宮両社の〈色香の急(鳥の舞の急)〉は、十二段舞楽に奏される曲の中でも、最も整った形で伝承されてきた曲といえます。講演では、〈色香〉の急を、天宮神社十二段舞楽保存会の皆さんに演じていただき、そして古楽譜解釈による〈迦陵頻(鳥)急〉を合わせて演奏しました。舞とともにご鑑賞ください。


この演目は、旋律については〈迦陵頻(鳥)急〉の転用ではありますが、中央の廃絶舞楽〈菩薩〉の遺例として貴重です。中央では、鎌倉期にはすでに舞楽としては演じられることはなくなり、行道の際に急の舞動作「鴨の胸反り」をしながら行進するのみだったといいますから(鎌倉期の楽書『教訓抄』)、緩急の楽章が揃っている森町の〈色香〉舞は、鎌倉期以前からの伝承と考えることもできます。そして『教訓抄』にいう「鴨の胸反り」とおぼしき、胸を反る所作がみられるのも注目すべき点です。

それでは講演のなかからもう一演目紹介します。中央の舞楽でいう〈胡蝶楽〉です。鳥の羽を背中に付けて舞う《迦陵頻》に対して、蝶の羽をつけた童舞として古今知られています。この曲は、10世紀頃に日本人により作曲された曲で、大ヒットしたようで、身分の高い者、低い者問わず、みなこの曲を賞讃して練習した、といいます(『教訓抄』)。さて、それはどんな曲でしょうか? 『仁智』『三五』と笛譜『基政笛譜』の合奏でお聴かせします。破と急とありますが、急の楽章のみとりあげます。三回繰り返し演奏し、うち一度目は箏と琵琶のみ、2度目以降笛を加えて演奏しました。なお、この曲は高麗楽に属する曲のため高麗笛を用いますが、小國・天宮両社の笛のピッチに合わせるため、龍笛で演奏しています。それに伴って、箏・琵琶のすべての絃を長2度下げています。


※ 映像とびがございます。
※ 2013年12月の演奏の模様もございます(https://youtu.be/ROTeESqRyw4)。破・急両楽章演奏しています。併せてお聴きください。

この〈胡蝶楽急〉は、とても愛らしい曲調で、平安の昔この曲がヒットしたのも頷けます。参考までに、こんにちの〈胡蝶楽急〉(2013年9月、管絃合奏)も聴いてみてください。現行の高麗楽曲は、唐楽曲以上にどの曲も似たり寄ったりで個性が希薄です。現行では、この曲が格別愛らしい曲調というわけではありません。対して両社伝承の〈蝶の舞の急〉の旋律様式は、〈色香急〉と同様、“隠された基本旋律”的といえます。遠江国一宮小國神社古式舞楽保存会の演奏にあうように、リズムを調整しながら同期演奏してみました。〈迦陵頻急〉×森町〈色香急(鳥の舞の急)〉にくらべると、すこし解りにくいかもしれません。注意して聴いてみてください。


このように、リズム的に崩れていたり、フレーズが抜け落ちていたりしながらも、中世までの古態を保っているのが十二段舞楽の笛の旋律といえそうです。しかし、十二段舞楽レパートリーのなかには傾向の異なる曲もあります。その一曲が〈太平楽の急〉です。この曲について故・小野功龍さんが昭和49年に、現行の〈太平楽急〉の龍笛旋律との類似性を指摘しておられます。これは十二段舞楽の伝承が、後の時代において中央となんらかの接触があったことを物語るものではないでしょうか。かといって、中央の伝承変化に同化してしまうのではなく、いくつかの時代の旋律様式が重層的に保存されていることに大きな意義があるといってよいでしょう。

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天宮神社例大祭より〈太平楽〉2014

講座では、小國神社古式舞楽保存会のみなさんに〈連舞(えんぶ)〉〈蝶の舞〉〈新まく〉の3演目、天宮神社十二段舞楽保存会のみなさんに〈色香〉〈太平楽〉〈納曽利〉の3演目を演じていただきました。うち、〈色香〉〈蝶の舞〉〈新まく〉〈納曽利〉において、古楽譜解釈による雅楽とのシンクロ演奏を試みました(〈新まく〉は中央舞楽の〈新靺鞨(しんまか)〉に相当する曲です)。当センター発行記録DVDには、講座でおこなわれた全演目をノーカットで収録しております。

我々は、正統なもの・低俗なもの、などと物事を分別し決めつけてしまいます。たしかに、宮内庁式部職楽部などが伝承する雅楽は「正統」ですが、正統であるから不変であるとは限りません。けれども我々は、正統であるから不変である、と端から決めつけてしまいます。中央の雅楽・舞楽の伝承も、どちらも変化しながらこんにちに至っています。その様式変化の仕方の違いに優劣などあるのでしょうか。中央の伝承も地方の伝承も変化の方向性が違うだけで優劣などない、十二段舞楽の素朴な笛旋律はそのことを我々に教えてくれます。

楽譜・楽書の解題

  • 箏譜『仁智要録』 平安末期の大音楽家、藤原師長(1138〜1192)撰の一大箏譜集成。約200曲を収録する(巻数・曲数は伝本により異なる)。
  • 琵琶譜『三五要録』 おなじく藤原師長の撰になる一大琵琶譜集成。巻構成や収録曲数・曲順はほぼ『仁智要録』に同じ。
  • 龍笛譜『基政笛譜』 山井基政(大神基政 1079〜1138)撰。基政は石清水八幡宮社家の出身で大神の養子となった。基政以降、山井を家名とする。
  • 龍笛譜『註大家龍笛要録譜』 大神家の第八代、景光(1273~1354)撰。『基政笛譜』よりも装飾的な音が増加しており、景光自身もしくは、その時代の大神家独自のヴィルトゥオーゾ的装飾法の記録した譜かもしれない。
  • 笙譜『古譜呂巻』 古譜呂巻と古譜律巻とがあり、通称あわせて「古譜呂律巻」と呼ばれる。京都方楽人の豊原利秋(1155〜1212)撰の笙譜。
  • 楽書『教訓抄』 南都興福寺所属楽人の狛近真(1177〜1242)が天福元年(1233)に撰した、雅楽の口伝を収集した書。当時の舞の様式をうかがい知る一級資料。『春日楽書』『舞楽府合抄』など、同時代の南都系楽書との共通する内容も多い。日本思想大系に翻刻所収(植木行宜校注)。
  • 楽書『続教訓抄』 狛近真の孫、狛朝葛(1247~1331)の撰述。現在知られる伝本は十六冊構成。文永7年(1270)より起筆。『教訓抄』からの引用が多いが、朝葛独自のリサーチによると思われる記事も多数ある。今回は、第10冊所引『相竹略頌』の笙の合竹(和音奏法)を参照した。日本古典全集に翻刻所収。

出演者・協力者(敬称略)

出演 遠江国一宮小國神社古式舞楽保存会
天宮神社十二段舞楽保存会
でんおん管絃講(京都市立芸術大学教職員・学生OB有志)
協力 小國神社
天宮神社
森町文化協会
森町教育委員会社会教育課
京都市西文化会館ウエスティ(公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団)
企画・構成・執筆 田鍬 智志 (京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター准教授)
ウェブ構築 東 正子(同センター非常勤講師)

本講座は公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団の助成により開催いたしました。記して御礼申し上げます。

日本伝統音楽研究センター第38回公開講座記録DVD頒布のご案内
「雅楽 時空をこえた出会い─遠州の小京都 森町の舞楽 × 古代中世雅楽譜の解読─」
公開講座のおりに配布したガイドブックをご希望に応じてお付けいたします(部数に限りがあります)。イメージ 頒価 1,000円
詳しい内容、入手の方法等につきましては以下のページをご覧ください。 雅楽 時空をこえた出会い―遠州の小京都 森町の舞楽×古代中世雅楽譜の解読―(DVD)
公開:2015年04月08日 最終更新:2018年05月16日

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